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千葉地方裁判所 昭和56年(ワ)465号 判決

原告 鹿北産業株式会社

右代表者代表取締役 上沢順三

右訴訟代理人弁護士 石川浩三

同右 福田哲夫

同右 石川清子

被告 阿部充男

右訴訟代理人弁護士 石井正二

主文

被告は原告に対して金三〇〇万円及びこれに対する昭和五六年五月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分してその二を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮にこれを執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和五六年五月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外京葉プレハブ株式会社(以下「訴外会社」という)は、昭和五五年一二月、被告から習志野市大久保四丁目九〇―二に軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建学生寮を建設する工事を代金額一九五〇万円で請負った(以下この契約を「本件請負契約」という)。

2  原告は昭和五六年一月一二日訴外会社から右請負代金債権のうち五〇〇万円について譲渡を受けた。

3  被告は同日右債権譲渡について異議をとどめずに承諾した。

4  訴外会社は同年四月一〇日ごろ、前記工事を完成させた。

5  原告は同月二七日被告に到達した書面により、支払期日を同月三〇日と定めて、前記譲受債権の支払いを催告した。

6  よって原告は被告に対し右五〇〇万円及びこれに対する同年五月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、請負代金額の点を除きその余は認める。請負金額は当初金二二〇〇万円であったが、敷地の関係で建物床面積を縮小したため金一八〇〇万円に変更された。

2  同2の事実は不知。

3  同3の事実を否認する。被告は原告の経理課長近藤輝夫(以下「近藤」という)及び訴外会社代表者高橋英一(以下「高橋」という)の申し入れを受けて、工事が完了し建物の引渡しを受けた時点で訴外会社に支払うべき請負代金のうち五〇〇万円を原告に支払う旨を同意したものである。

4  同4の事実を否認する。後記のとおり訴外会社は工事を完了させなかった。

5  同5の事実を認める。

6  同6の主張を争う。

三  抗弁

1  被告は昭和五六年一月一二日ごろ訴外会社に対し請負代金一八〇〇万円のうち六五〇万円を支払済みであった。

2  更に被告は訴外会社から資金繰りが苦しいので支払ってほしい旨の懇請を受け、同年二月金三〇〇万円を支払った。

3(一)  ところが同年二月半ばごろから訴外会社は工事を放棄し、同年四月から学生を入居させる予定で工事を急いでいた被告は再三催促したが、訴外会社は工事を再開しなかった。

(二) そこで被告は、同年三月六日訴外会社と話し合った結果、本件請負契約を合意解除し、被告は訴外斉藤徳次(以下「斉藤」という)との間に新たに請負契約を締結し、工事を完成させた。

なお右合意解除は、被告としては債務不履行により一方的に解除をなし得たが後日の紛争を防止するためになしたものであって、その実質は契約不履行による解除に相当する。

4  未完成部分に関する請負報酬債権の譲渡について債務者の異議をとどめない承諾がされても譲受人が右債権が未完成部分に関する報酬債権であることを知っていた場合には債権者は右債権の譲渡後に生じた仕事完成業務不履行を事由とする当該請負契約の解除をもって譲受人に対抗することができると解すべきところ(最高裁昭和四二年一〇月二七日判決、民集二一巻八号二一六一頁)、本件において譲受人である原告が譲受債権が未完成部分に関する報酬債権であることを知っていたことは明らかである。

5  右合意解除の時点で、被告と訴外会社は出来高に基づく精算を後日することにしていたが、後日被告において出来高を計算したところ、訴外会社のなした工事の出来高は四二五万六三二五円にすぎず、被告は訴外会社に対し出来高以上の支払いを既になしていたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は不知。

2  同2の事実を認める。但し右支払いは異議をとどめない承諾をなした原告に対し対抗し得ないものである。

3(一)  同3(一)の事実中訴外会社が昭和五六年二月半ばから工事を進行させず、催促しても工事を再開しなかった事実を認める。

(二) 同3(二)の事実を否認する。

訴外会社が工事を中断したため被告から原告に何とかしてくれとの要請があり、訴外会社の下請として本件工事に従事していた斉藤を中心として原告が手配した大工職人、鉄骨業者らが本件工事を進め、四月一〇日ごろに建物を完成させ被告に引渡したものであって、訴外会社が工事を完成させたのにほかならない。

4  同4の主張を争う。

5  同5の事実を否認する。

昭和五六年三月六日当時の出来高は少なくとも全工程の七割程度の一三六五万円に達していた。請負代金の支払いについて分割払いをする時は出来高に応じてなすのが通常であり、被告の主張する四二五万六三二五円は支払額九五〇万円に比し、異常に低額であって措信しがたい。

五  再抗弁

1  仮に被告と訴外会社との間で本件請負契約が合意解除されたとしても、右は異議をとどめぬ承諾を得た債権譲受人である原告に対抗し得ない。また請負代金債権は請負工事の完成を条件とする債権であって、請負人又は請負人から報酬債権を譲り受けた者は条件成就を期待する地位にあるから、契約解除がされないまま(合意解除は譲受人に対抗し得ない)、注文主が途中から請負工事の残工事を完成した場合は、民法一三〇条により故意に条件の成就を妨げたものとして、請負人からの債権譲受人である原告は仕事が完成したものとみなし、請負代金全額の支払いを求めることができる。

2  また原告は被告から五〇〇万円の支払いを受けることを期待して被告からの要請を受け、昭和五六年三月上旬本件の工事現場に赴き作業工程表を作成し、更に大工職人、鉄骨関係業者を手配するなど協力したものであって、このように原告を利用するだけ利用しておいて、工事が完成するや原告に対する支払いを拒絶することは信義則に違反するもので許されない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の主張を争う。

前記のとおり本件請負契約の合意解除は、債務不履行による解除と同視できるものである。また、請負代金請求権は請負工事の完成、引渡を停止条件として発生するものではなく、民法一三〇条の適用の余地はない。

2  再抗弁2の主張を争う。

原告からの資材納入が中止されたため訴外会社の工事続行ができなくなったことから、原・被告及び訴外会社で話し合った結果被告が債権譲渡につき同意書を作成したものであるが、その後も原告は小型トラック一台分の資材を入れただけで、その余の納入をしなかった。また、訴外会社の工事がはかばかしく進まないため、被告は原告に対して残工事につき全面的に請負ってほしい旨申し入れたが、原告が遠方であるとして拒絶したことから、被告はやむを得ず本件請負契約を解除し、斉藤との間に残工事についての請負契約を結んだものであって、被告の主張は理由がない。

第三証拠《省略》

理由

一  異議をとどめない承諾について

1  《証拠省略》によれば次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は訴外会社に約四〇〇〇万円ほどの売り掛け債権があり、原告会社としては材料代に見合った入金がなければ資材の納入をしない方針を取っていたことから、昭和五六年一月一二日ごろ、訴外会社の高橋とこれについて原告会社から一任されていた近藤とが話し合った結果、高橋は訴外会社が本件請負契約による請負工事代金一九五〇万円の内金五〇〇万円を原告に譲渡する旨の書面を作成した。

(二)  同月一三日、高橋と近藤が被告方に赴き、被告と話し合った結果、被告は訴外会社に対する工事代金債務のうち五〇〇万円を原告に債権譲渡証に記載のとおり支払うことを同意する旨の書面を作成し近藤に交付した。なおこの際六五〇万円を既に支払済みであるとの話は出ていない。

2  以上の事実によれば、被告は訴外会社から原告に対し五〇〇万円の債権を譲渡するにつき、訴外会社及び原告に対し異議をとどめないで承諾したものと認めることができる。

3  異議をとどめない承諾の効果としては、第一次的には既に発生している抗弁を主張しえなくなることであり、右承諾以前になされた弁済がまず問題となるところであるが、《証拠省略》によれば、昭和五五年一二月二九日までに、被告は訴外会社に対し契約金等の名目により計六五〇万円を支払ったことが認められる。前記の承諾の効果からすれば、右六五〇万円について被告は弁済の主張をなし得なくなるかの如くであるが、訴外会社が近藤に対して交付した債権譲渡証の付属文書である工事契約書によれば契約金一〇〇〇万円、中間金として計一二〇〇万円である旨記載されており、近藤証言によれば原告としては昭和五六年末に被告が船橋信用金庫から一四〇〇万円の融資を受けることを確認して前記手続に及んだものであり、更に一般的に請負工事においては、相当額が契約金等の名目で、契約締結と同時もしくはその直後に支払われているものと考えられ、これらの事情によれば、原告会社(近藤及び原告代表者)においても、既払金があることを認識し、それを除いた額のうち五〇〇万円の譲渡を受けるものと考えていたと認めることができる。したがって、右六五〇万円については、原告に対し対抗しうるものである。

二  本件請負契約の解除について

1  訴外会社が、昭和五六年二月半ば以降本件請負契約に基づく工事をおこなわなかったことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に加えて《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  訴外会社は、資金繰りが昭和五六年二月半ば以降特に苦しくなり、下請をしていた大工である斉藤から、下請代金の内金五〇万円の支払いを請求されたが支払えず、このため工事は中断状態になった。

(二)  そこで被告は、訴外会社の高橋及び斉藤と話し合い、昭和五六年三月六日ころ、被告が斉藤に対し直接代金を支払って残工事をおこなう約束をし、訴外会社もこれを了承した。

(三)  被告はこれとは別にそのころ原告に対しても援助の要請をし、原告は栃木県から自己の下請の大工を派遣し、また鉄骨工事業者を紹介した。この鉄骨工事代金については被告の方で支払ったが、原告の派遣した大工への支払いは原告の方でおこなった。

3  以上の事実によれば、訴外会社が事実上本件工事の続行が不可能になったことから、被告は訴外会社と話し合った結果、本件請負契約につき既に完成した部分を除き、未完成部分につき解除したものと認められ、これは形式的には合意解除であるものの、実質的には債務不履行による解除とみることができる。

ところで債権譲渡及びこれについての承諾後に生じた債務不履行を理由とする解除が異議をとどめない承諾によって主張し得なくなる事実か否かは一つの問題であり、否定的に解すべきと考えるが仮にこれを肯定した場合も、判例(最高裁第二小法廷昭和四二年一〇月二七日判決民集二一巻八号二一六一頁)によれば、譲受人が右債権が未完成仕事部分に関する請負報酬金債権であることを知っていた場合には、右譲受人に対し仕事完成義務不履行による解除をもって対抗しうるとするのであって、前記のとおり原告は譲受債権が未完成部分に対する報酬債権であることを認識していたことは明らかであるから、いずれにせよ被告は右解除をもって原告に対抗しうることとなる。

4  なお原告は、民法一三〇条の適用をいうが、請負代金請求権は条件付請求権の性質を有するとしても、同条の適用があるのは信義則に反する条件成就の妨害の場合に限られるのであって、債務不履行による解除もしくはこれと同視しうる合意解除の場合がこれにあたらないことはいうまでもない。

三  出来高について

1  前記のとおり本件請負契約の解除は、右未完成部分に対する解除であると認められるから、既に完成した部分については、被告は訴外会社又は原告に対し工事代金支払義務を有することになる。

2  そして前記解除時の出来高については、被告は四二五万六三二五円にとどまる旨主張し、被告供述中にはそれに沿う部分があり、斉藤証言中には三〇〇万円くらいである旨述べる部分があるが、次の理由によりいずれも措信しがたい。

すなわち第一に、前記認定のとおり被告は昭和五五年中に既に六五〇万円を支払っておりながら、昭和五六年二月に更に三〇〇万円を支払っている(この三〇〇万円の支払いは当事者間に争いがない)ことからみて、それに見合う工事がなされていたものと推認されるのであって、被告はこれについて訴外会社から資金繰りが苦しい旨の要請を受けたため出来高を超えて支払った旨主張するが、既に認定したとおり昭和五六年一月から既に訴外会社の工事は順調ではなかったと認められるから、いかに要請があったにせよ、出来高を大きく上まわる支払いをするとは考えがたい。また、支払額に相応する出来高のあったことは、昭和五六年三月六日の時点で訴外会社の高橋も立会いながら、出来高の精算について何らなしていないことからも裏付けられるところである。

また被告供述中の見積りの根拠は手嶋工務店なる被告の知人のなした見積りというのであるが、右手嶋工務店は同供述によっても当時の出来高を何ら確認せず、斉藤の話及び被告のメモに基づいて算出したというのであって、しかるに斉藤証言では手嶋に話した記憶はないとのことで斉藤証言とは一致せず、被告のメモというものの信用性にも疑問があるから、結局全体としては信憑性に乏しい。これは斉藤作成にかかるという《証拠省略》についても同様である。

更に上沢供述によれば、原告代表者が現地を見た昭和五六年三月上旬当時、既に鉄骨の本体工事、窓、屋根は完成しており、費用のかかる被告の住居部分の内装も完成していたというのであって、同人の見た時期が解除の時期と一致するか否か不明であること及び同人の立場を考慮すれば、右供述にいう全体の七割が完成との点をたやすく採用することはできないものの、被告供述に対する反証としては無視しえないところである。

3  そうすると、他に出来高を確認すべき十分な客観的証拠のない本件においては、少なくとも前記既払額である九五〇万円の出来高があったと推認するのが相当である。

四  譲渡債権の特定について

このように請負代金債権(譲渡証によれば一九五〇万円であるが、前述のとおり既払分を除くから一三〇〇万円)のうち五〇〇万円を譲渡しこれに対して異議なき承諾があった場合に、解除があって譲受債権中三〇〇万円を除くその余の債権が消滅した場合、残った部分は譲渡人と譲受人のどちらにどのように帰属するかは一つの問題である。

しかし既に認定した事実によれば、右譲渡の趣旨は右五〇〇万円については譲渡人に優先して譲受人に支払うというものと解すべきであるから、これに異議をとどめず承諾を与えた債務者は、それにもかかわらず譲渡人に支払ったことをもって対抗しえないものと解すべきである。

そうすると前記出来高九五〇万円のうち譲渡に関係ないと認められる六五〇万円を除く三〇〇万円について、被告は原告に対する支払義務があるものと認められる。

五  信義則違反について

右三〇〇万円を超える金額の支払拒否が信義則に違反することを認めるに足りる証拠はない。

六  結論

そうすると原告の請求は、金三〇〇万円及びこれに対する催告の支払期限(催告がなされ、その支払期限が昭和五六年四月三〇日であったことは当事者間に争いがない)の翌日である同年五月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 富川照雄)

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